2011年01月14日

(370)NHK大河ドラマ「江〜姫たちの戦国」始まる

NHK大河ドラマ
   江〜姫たちの戦国

  戦国時代を生きた浅井三姉妹と英雄たちの天下を揺るがす物語

浅井三姉妹 (あざいさんしまい) とは、戦国武将浅井長政と市 (信長の妹) との間に生まれた三人の娘、茶々、初、江を指す。

1568年 信長の妹・市、浅井長政に嫁ぐ。(浅井三姉妹の母)

1569年 茶々 生まれる。後の豊臣秀吉の側室となった淀君で秀頼を産む。

秀吉の死後は豊臣家を掌握するが、やがて徳川家康との対立が激化し大坂夏の陣で遂に敗れて秀頼と共に自害したとされる。

1570年 初 生まれる。信長は4月に朝倉攻めをした時から浅井長政と戦うことになり、6月にも姉川の合戦で戦った。

京極家に嫁ぎ高次の正室となる、大坂の役の際には姉と妹の嫁いだ豊臣・徳川両家の関係を改善すべく豊臣方の使者となった。京極高次に先立たれた後に出家して常高院と名乗る。  

1573年 江 生まれる。この年に信長は小谷城を攻めて落城させ、浅井長政は自刃した。
一般的には 「江姫 (ごうひめ)」 「お江の方」として知られる。
2度の不幸な結婚の後、家康の嫡男で徳川第二代将軍となる徳川秀忠の6歳年上の妻となる。江戸幕府第三代将軍徳川家光の母。

(資料より)
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2007年 11月11日に次の記事をUPしていました。

No89 気比の松原〜小谷城跡〜郡上八幡
(English sentence, please click here.)
(10月27日)
かやぶきの里を後にして福井県敦賀市の「気比(けひ)の松原」を観ることにした。


気比の松原
kehinomatubara.jpg kehinomatubara2.jpg

気比の松原は福井県敦賀市のシンボルである。静岡県の三保の松原、佐賀県の虹の松原と共に日本三大松原の一つです。


長さ 1.5km 広さ 400,000u に17,000本の松林です。(この頃は未だ You Tube を利用していませんでした)

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散策の遊歩道もあり、夏には浜辺が海水浴場として賑わう。

 


江戸時代より名勝として知られ、白砂青松100選に入っています。

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訪れた時期が悪い上に天気が冴えず、早々に引き上げざるを得なかった。
直ぐ近くにある気比神宮の大鳥居は木造としては春日大社、厳島神社と並ぶ日本三大鳥居です。


敦賀市を出て琵琶湖の北岸に沿って走ると湖北町近くに小谷城跡があります。

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織田信長 対 浅井長政 
信長は越前朝倉氏を討つために、朝倉家と強固な同盟関係にある浅井家を分断させようと浅井長政に妹のお市の方を政略結婚 (1568年) させた。

1570年4月に、信長は市の夫の浅井長政がよもや敵に廻るとは思えず越前の朝倉氏を攻めた。浅井長政は悩んだ末に朝倉家との永年の友好関係を断ち切ることができず信長に兵を向けた。

このとき信長は命からがら岐阜城へ逃げ帰ったが、6月には再び態勢を立て直し徳川家康と連合して浅井朝倉の連合軍と姉川で対決する。


姉川の合戦
小谷城から5kmほど進むと姉川があります。1570年6月 織田 徳川連合軍 対 浅井 朝倉連合軍が姉川を挟んで行なった戦い。

姉川の合戦は織田徳川勢の勝利に終わり浅井長政は小谷城に退却する。しかし信長は標高495mの小谷山上にある堅固な小谷城には全く手が出せなかった。

そんな戦国乱世に長政とお市の夫婦は周りが羨むほど仲睦ましかったと言う。


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小谷城
それから3年後の1573年8月に信長は念願の越前朝倉氏を破った後、その勢いで今まで手を焼いていた堅固な浅井長政の小谷城をついに落城させた。
お市と子供は城外へ逃され(?)長政は自刃する。

この落城の時期は江が生まれている時と前後していて、市と三姉妹の脱出については正確なことは不明とかです。


odanijyou.jpg odanijyou2.jpg asaikenohaka.jpg asainagamasa-jijinnoti.jpg

右の写真が浅井長政が赤尾屋敷で自刃した所です。
羽柴秀吉は信長から拝領した小谷城を解体してその資材で長浜城を造り、その後さらに彦根城の築城へと受け継がれた。


日本五大山城 
小谷城(滋賀県湖北町) 観音寺城(滋賀県安土町) 七尾城 (石川県七尾市)
春日山城(新潟県上越市) 月山富田城(島根県広瀬町)


小谷城は新しくできた日本百選の「日本100名城」にも選ばれており、日本100名城スタンプラリーと言うイベントもあるらしい。

odanijyouato.jpg

小谷城跡へ登るやや中腹の所で見に来る人に案内のチラシを手渡していましたがボランティアの方のようです。
この方に励まされて悪路を登り山頂まで行ってきました。益々寒くなる季節ですがまだ続けているのでしょうか?
 

姉川の合戦の場所は、この方に教えてもらいブログの良い記事ができました。
ありがとうございました。

案内板の所にこの方がいなかったら案内板を見ただけで帰る人もいるし、信長も嫌った堅固な小谷城、果たして何人が山頂まで登るでしょうか?





続きがあります

小谷城では戦国時代とは言え、激しく厳しい歴史を感じた。先程のボランティアの方にお礼を言って写真を撮らしてもらいました。小谷城を後にして関ヶ原 ( UP済み) 〜大垣〜岐阜市を過ぎて長良川上流の郡上八幡に到着した。

郡上八幡は
   宗祇水
をはじめとする湧水が町の隅々まで潤している。

sougisui.jpg sougisui2.jpg



環境省が選定した「日本名水百選」の第一号に指定されたことで有名になった。

gujyouhatiman.jpg gujyouhatiman2.jpg gujyouhatiman3.jpg
    その1         その2         その3


その1 郡上八幡は山々から湧出る大小の河川の水を治める事が大事でした。


その2 実際にお米をついていた。


その3 「いがわこみち」は民家の裏手を流れ鯉が泳ぐ用水です。

gujyouhatiman7.jpg gujyouhatiman9.jpg

このような水飲み場が町のあちこちにあります。天守閣からの郡上八幡。

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郡上踊りと名水の町として知られる城下町・郡上八幡でした。

posted by 鳥さん at 07:59| Comment(6) | 気ままな いい旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私も「江〜姫たちの戦国」を見てます。早々と行かれているのですね。さすが、先見の明がおありですね。
ところで、もしや郡上八幡は近江八幡のまちがいではありませんでしょうか?
Posted by あっけ at 2011年01月16日 02:59
あっけさんへ
午前3時、超深夜族ですね。今度のNHK大河ドラマは戦国時代の中でも一番きびしい時代を背景にしていて、観る方は期待できそうですね。

ご指摘の件ですが、私のブログの書き方が悪かったようです。琵琶湖の湖北町で小谷城を書いて、直ぐに水郷を書いてしまいました。近江商人と水郷で有名な近江八幡市は滋賀県琵琶湖沿いにある安土城の近くです。

私の小谷城から先きのコースは関ヶ原〜大垣〜岐阜市〜長良川鉄道沿いに郡上八幡に行きました。現在正確には郡上市で八幡町の各町があります。

今までにも知らない間違いがあったと思います。どんなことでも云ってくれると助かります。紛らわしいので続きの部分の最初を書き直しました。

http://www.gujohachiman.com/kanko/
Posted by 鳥さん at 2011年01月16日 08:09
「江〜姫たちの戦国」録画してまだ見てません。

この記事を拝見して見たくなりました♪。
でも、竜馬伝も数話見てないんですよね(~_~;)。

里帰りしている期間がゴッソリ残っています。
まぁ、これから見る楽しみがいっぱいあると思っておきます(*^_^*)
Posted by ぷぺ at 2011年01月16日 09:13
ぷぺさんへ
龍馬伝は私も貯め撮りして見てました。3編位続けて見た方が見応えがあります。龍馬伝をしっかり見終えて下さい。
Posted by 鳥さん at 2011年01月16日 10:08
そういうことだったのですね。失礼しました。
直してくださってありがとうございます。とてもわかりやすくなりました。
Posted by あっけ at 2011年01月16日 19:57
あっけさんへ
今思えばこれまでの記事で恥ずかしくて書き直したくなる記事が沢山あります。と云うことは精神面で成長したと云うことでしょうか?この歳になって感じたことは勉強は未だあるなということです。
Posted by 鳥さん at 2011年01月16日 21:16
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