2010年02月25日

(251)十文字原展望台&石橋の町 院内町

十文字原展望台
1月26日、東京へ帰る日。別府「駅前高等温泉」で入浴した後は「海地獄」に行き、そしてこれから日本一の「石橋の町」と言われる院内町へ行きます。

ここは途中にあった十文字原展望台という所です。通りすがりに道路脇の看板を見つけたが「まっ、いいかっ」と、一度は通り過ごしたがやっぱり気になって車をUターンして戻ってみた。

十文字原展望.jpg

下の写真を拡大すると文字は小さいが、右の高崎山、大分、別府から左の国東半島までが見渡せて位置関係が良く分かります。

十文字原案内板.jpg

広がる別府湾

十文字原展望台から別府湾.jpg

3枚を繋げたらこ〜んな感じになった。手前に宇佐別府高速道が走っています。

日本の夜景100選
別府夜景.jpg
(夜景は資料から)
十文字原展望台は別府から近いです。駐車場の最前列に停めれば車内から鑑賞も出来るので、平日でも多くのカップルで賑わう夜景デートスポットの定番となっているそうだ。函館の夜景も綺麗だったのを想い出す。

日本一の石橋の町 院内町
道の駅  いんない.jpg 長崎チャンポン.jpg かき揚げうどん.jpg

日本一石橋が多いと自慢する院内町に来ました。今回の旅行の下調べで「石橋の院内町」を初めて知りました。ちょっと残念に思ったのは、あまり観光化されていないようで少し地味な存在と感じました。
とりあえず「いんない道の駅」で昼食です。ここには観光案内所があります。

今朝はホテルの朝食でキノコの混ぜ御飯を遠慮なく食べて来たし、財布の関係もあるそうで長崎チャンポンとかき揚げうどん。麺類が多いな〜、トホホ。
そう言えば九州に来て「関さば」と「馬刺」は食ったが外に何を食べたっけ?

恵良川&道の駅の石橋モチーフ
暴れ川.jpg 石橋モチーフ.jpg

院内町には、町内を南北に流れる恵良川とその支流に合計74基の石橋が架けられており、「日本一の石橋の町」と呼ばれることもある。

石橋の技術は、江戸時代初期に中国の僧によって長崎に伝えられ、以後、九州全域に広まったと伝えられています。

知られざる名所 石橋の院内町
いんない石橋めぐり.jpg

これほど石橋が多い所は外に無い。急峻な谷に集落が点在していて、川の流れが急なため木橋では大雨などで流失してしまうからであったといわれる。

そして優れた技術を持った松田新之助などの石工匠がいたし、更に川の両岸が岩盤で石橋を支える地形が良い上に資材となる良質の石も豊富だった。

荒瀬橋a.jpg
荒瀬橋橋脚.jpg

荒瀬橋は1913年(大正2)に松田新之助の建造で、院内では橋高が18.30mと一番高い眼鏡橋である。橋長が47.40m、橋幅が5.95m。 

当時の貴重な写真
石橋資料-1.jpg 石橋資料.jpg

先に木の枠を組んでその上に石を乗せていく工法でした。晴れやかな渡り初めの写真です。橋の上には馬が馬車を引いています。(写真は資料より)

石工匠.jpg 石積み.jpg

荒瀬橋は建設費用がかさんで架設当時は大分初の有料橋であったといいます。

富士見橋
富士見橋-a.jpg

富士見橋の架設 1925年(大正14)   石工名 松田新之助 吉村万太郎
橋長 48.10m  橋幅 4.50m  橋高 14m 
橋の上より由布山(豊後富士)が眺められるので富士見橋の名がついている。

石橋アーチ.jpg

松田新之助には次のようなエピソードがあるそうです。1924年(大正13)に架設中の『富士見橋』が工事途中で崩壊した時、新之助は私財の田畑を売り払い、再び架設に挑戦し、見事に翌年完成させた。

鳥居橋
鳥居橋.jpg

鳥居橋の架設が1916年(大正5)  石工名 松田新之助  橋長 55.15m
橋幅 4.35m  橋高 14.05m 五連アーチ

鳥居橋-3.jpg

鳥居橋は恵良川の最も下流に位置する石橋で、橋脚が細長くすらりとした様子から「石橋の貴婦人」とも呼ばれている。荒瀬橋、富士見橋、鳥居橋は夜間ライトアップされています。石橋ではコンサートや神楽もあるそうですよ。

石橋の貴婦人
鳥居橋-1.jpg

橋は古くから人々の生活を繋ぐ交通路として大事でした。その橋の建設を望んだ人々の願いや、石工匠たちの橋に対する思いが込められています。

通潤橋の布田保之助が領民を思う心と、院内町の松田新之助をはじめとした石工匠たちが損得無しに石橋にかけた情熱と誇り。
そして石工匠達の巧みな技術と命を賭けた取組みを抜きに石橋は語れません。

通潤橋にしても院内町の石橋にしても、心ある先人たちが残してくれた大事な遺産ですから、もっと皆んなに知ってもらって観て欲しいです。

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今回の九州旅行を終えて感じたことがあり、苦言を一言いいたくなりました。
半信半疑で来てみた「石橋の院内町」でしたが、その昔には領民や村民を苦しめたり、不正をはたらく名主庄屋や悪代官が大勢いたはず。

今も金権・金満政治家がとぼけ顔で私腹を肥やしているが、庄屋の布田保之助と石工匠の心意気を目の前に見て、こういう人が今もいる筈と思った。

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旅のメモ帳 
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posted by 鳥さん at 12:00| Comment(0) | 九州の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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